建設不動産業の人材育成施策の浸透を告知の回数ではなく語り直しで捉える

# 建設不動産業の人材育成施策の浸透を告知の回数ではなく語り直しで捉える
最終更新日:2026年9月12日
人への投資をどう進めているかを社外に説明する機会が、ここ数年で目に見えて増えました。建設不動産業でも人材育成の方針を見直す動きが広がり、方針書を書き換えるところまでは進んだ、という会社は少なくありません。ただ実務の山場は、方針そのものよりも、それが社内で同じ意味として受け取られるかどうかのほうにあります。
ルール遵守を軸にした研修は一通り整い、次の段階として、一人ひとりが尊重され安心して意見を出せる職場づくりの研修を立ち上げる企業が出てきています。大型の案件を複数抱える会社で研修の導入を検討している人事・人材育成の担当者なら、この段に立った経験があるかもしれません。案内を出したあとの受け止めは部門ごとに差が出やすく、日程は埋まったのに何かが動いた感じがしない、という感覚が残ります。承認も参加人数も揃っているだけに、どこを直せばよいのかがつかみにくいところです。それでは、新しい育成施策が社内でどう受け取られているのかを、浸透の測り方という観点から探索していきましょう。
この記事の要点
- 建設不動産業で新しい育成施策を立てると、承認と参加人数は揃っても社内での受け止めが揃わないことがある。
- 受け止めの差は、立場ごとに施策を判断する物差しが違うところから生まれている。
- 人材育成の浸透は、説明を配る作業ではなく、それぞれの立場が自分の仕事の言葉で施策の意味を語り直せるようにする働きかけとして捉え直せる。
参加人数は揃ったのに育成施策が現場に浸透しないのはなぜか
部門ごとの受け止めの差は、どこで生まれているのでしょうか。手がかりは、不動産開発の案件の組み立て方にあります。用地取得から竣工まで数年がかかり、竣工とは建物が完成して引き渡す時期を指しますが、その間に設計や施工、金融、法務など社内外の担当者が案件ごとに組み替わりながら1つのチームを作ります。育成施策も、全社の階層というより、この案件チームの中で受け止められることになります。
一斉の案内は佳境の案件でどう読まれるか
人事部は、経営会議向けに作った資料をそのまま部門長にも受講予定者にも回します。社内ポータルに掲げ、一斉メールでも案内を出します。一度に全員へ同じ内容が届き、説明の抜けも生じないので、限られた工数の中では自然な選択です。
例えば、竣工前の工程調整に追われるグループ長の受信箱に、その案内が届きます。何枚もの資料を読み比べる時間はなく、返ってくるのは今は動けないという一文です。人数を確保するために案件の谷間にいる担当者が指名され、参加者の欄は埋まります。その結果、最も混み合っている案件には何も残りません。
同じ資料が別の意味になるのはどこからか
建設・不動産で働く人に尋ねた調査では、約半数が他の業界よりハラスメントが多いと感じていると報告されています(*1)。民間が実施した調査で、対象はこの業界で働く人に限られます。上下関係が厳しい体育会系の職場だという見方も、同じ調査で多く挙がっています。風通しに関わる施策は、上の立場を責める話として身構えられやすく、資料の読まれ方の差はさらに広がりやすいところです。
同じ資料でも、経営は投資と社外への説明の観点から読み、部門長は案件のリスクと工程の観点から読み、受講者は自分の日々の振る舞いへの影響という観点から読みます。三者は別々の物差しを当てているので、読み終えたあとに手元に残るものも揃いません。人事部がその物差しの違いを把握しないまま同じ言葉で進めるため、承認と参加人数は揃っても、施策に与えられる意味だけが揃わないまま残るという形になります。
では、この差は告知の回数で埋まるものでしょうか。同じ内容が全員に届いたという事実は、確かに手元に残ります。足りないのは現場の関心ではなく、立場ごとに違う読まれ方を先に見ておく一手間のほうかもしれません。
浸透は情報が届いた量ではなく意味が語り直された数で進む
物差しが三通りに分かれたまま同じ資料が回っているとすると、浸透をどこで測るかという前提のほうを入れ替えてみるとどうでしょう。新しい育成施策の意味は、人事部が発信した時点では定まらず、誰かがそれを自分の案件の言葉に言い換えた瞬間に定まる。この捉え方を、この記事では語り直しの起点と呼ぶことにします。この見方に立つと、人事部が追うのは案内が何人に届いたかではなく、社内のどこで誰が言い換えたかになります。浸透を測り直すための整理として提案するものなので、既存の告知をやめる話ではありません。
上場企業に勤める人を対象にした調査では、自社の理念や行動指針の内容を理解しているという回答に比べ、新入社員に説明できるという回答は低くなると報告されています(*2)。この調査は上場企業に勤める人に尋ねたもので、建設不動産業に限った結果ではありません。そこから、読んで分かった状態と、自分の言葉で語れる状態の間には距離があると読み取れます。
この位置から先ほどの返信を眺め直すと、今は動けないという言葉は、拒否ではなく、案件の言葉に置き換える材料がまだ渡っていない状態として読めます。すると人事部が探す相手も変わります。参加できる人ではなく、その案件の言葉に置き換えられる人を探すことになる、という見方もできます。
この見方が効くのは、不動産開発では案件ごとに関わる顔ぶれも工程も入れ替わるからです。全社共通の説明は、どこかで必ず個別の案件の事情に突き当たります。迷ったときに、告知をもう一度出すか、案件の中で言い換える人を1人見つけるか、という選び方ができる形になります。組織の中で意味が形づくられていく過程、つまり説明や資料そのものではなく日々のやり取りの中で意味が固まっていくという見方は、Weickらが2005年に整理しています。意味が発信の時点ではなく、後からのやり取りを通じて形づくられるとされる点が、ここでの捉え方と重なります。
立場ごとの物差しを集めて案件の言葉へ置き換える
案件の言葉に置き換えられる人を探すとなると、人事部の動きは案内文の推敲から変わってきます。ここからは、実務に落とすときの動きを2つ見ていきます。どちらも新しい仕組みを立てるものではなく、いまある告知の手前と後ろに置くものです。
告知の前に3人の受け取り方を聞く
案内を出す前に、経営に近い立場の1人、佳境の案件を持つグループ長の1人、受講対象の若手の1人へ施策の下書きを見せます。聞くことは1つで、これを読んで自分の仕事の何が変わると思ったか、という問いです。3人の答えはたいてい重なりません。その食い違いが、そのまま、立場ごとに説明を分けるための手がかりになります。全社向けの説明会の日程を押さえる進め方と比べると、所要は1人15分ほどで、着手も早く済みます。
案件の定例で1分だけ自分の言葉で話してもらう
もうひとつは、全社への説明会を増やす代わりに置く動きです。階層別研修を先に受けたグループ長へ、自分の案件の定例で1分だけ、この施策が自分たちの案件の何に効くと思うかを話してもらいます。人事部は原稿を渡しません。話された内容を後から聞き取り、一言で記録して、別の案件へ渡す材料として残します。うまくいくかどうかは、人事部が話す内容を整えすぎないところで分かれます。整った言い回しにするほど、経営向けの資料の言葉に戻ってしまうからです。かかる手間としては、定例に新しい枠を作る必要はなく、増えるのは聞き取りと記録の時間です。減るのは、同じ説明会を部門の数だけ繰り返す時間になります。
学んだことが現場の行動として使われるかどうかは、研修の内容だけでなく、職場の状況や上司の後押し、実際に試す機会に左右されると報告されています(3)。多くの研究を集めて集計した分析によるものです。案件の定例という場に言い換えを置くのは、その3つがまとめて揃う場所だからです。こうして人事部の仕事は、説明を配ることから、言い換えを集めて渡すことへ*移っていきます。
語り直しが案件をまたいで広がったあとの職場
言い換えを集めて渡す側に回ったとき、その先の職場はどう変わるでしょうか。グループ長が自分の案件の言葉で話すようになると、研修を受けていないメンバーにも施策の中身が伝わっていきます。若手が定例で工程上の違和感を口にする場面も出てくるかもしれません。一斉の案内では素通りされていた佳境の案件にも、外から来た方針としてではなく、案件の中の言葉として入っていく可能性が広がります。人事部の側にも、どの立場がどこで詰まるのかが、具体的な言葉で戻ってきます。
言い換えの記録が溜まっていくと、次の案件が立ち上がるときにそのまま使える材料になります。施策ごとに説明を作り直す代わりに、すでに現場で通じた言い方から始められる。学習文化の醸成を、一部の熱心な層に頼らずに進める道も見えてきます。
案件ごとに顔ぶれが組み替わるため共通の言い方が残らない、という事情も、ここで和らぎます。言い換えの記録が、案件から案件への受け渡し役になるからです。竣工後に解散したチームが使っていた言葉も、次の案件へ持ち越せる形になります。ただし、佳境の案件を抱える階層に一斉の日程を押さえる難しさは、そのまま残ります。
日程を揃えずに言い換えを練習できる場
自分の案件の言葉で1分話すという行為を支えるには、何が要るでしょうか。集合研修は、佳境の案件を抱える階層で日程が揃いません。eラーニングは読み終えても、自分の案件の言葉に置き換える段までは進みにくいところがあります。先輩の仕事を見て覚えるやり方は多くの場面で役に立ちますが、上下関係が強い職場では、言いにくいことを言う場面の練習にはなりにくいという限りもあります。
AIビジネストレーニングは、案件に近いケースストーリーを読んだうえで、AIを相手に自分の言葉で話し、その場でフィードバックを受ける形をとります。定例で1分話すという行為を、人前に立つ前に何度でも試せるのが、この形が引き受ける場面です。AIロールプレイの形をとるため、懸念を口にする、指摘を返すといった言いにくい場面も、相手を気にせず安全に反復できます。同じ日に全員を集められないという事情には、一定の期間を区切って同じ顔ぶれで進める受講の単位で運用する形が対応します。日程を1点に揃える代わりに、期間の中で各自が進める形です。
株式会社アーテリジェンスが提供するAIビジネストレーニングのミチビカでは、受講半年後に受講者の上司へ行ったアンケートで、行動変容が見られたとの回答が83%を超えました。受講者本人の自己申告ではなく、上司による評価です。
リーダー向け実践コースの受講者満足度は、5点満点で4.4〜4.6点でした。受講後アンケートの平均で、いずれも当社調べです。業種やテーマを限定しない全体の集計なので、人的資本経営の文脈で語られる育成投資の説明材料としてどこまで使えるかは、自社の課題に合わせて確かめる余地があります。
運用の面では、静かな受講環境と10名程度のグループが必要になります。一方で、既存の社内資料や案件の事情を取り込むカスタマイズができるため、不動産開発の場面に寄せた内容で回せます。ルール遵守の研修は一通り終えて次の段階に進めたい人事部であれば、パワーハラスメント防止と適切な指導を扱う定額プランのコースが出発点になりやすいところです。自社の案件の事情に合わせて、受講の前後の伝え方まで含めた設計をご相談いただけます。研修の内容だけでなく、社内での説明の仕方から一緒に組み立てたい場合は、資料請求またはお問い合わせからお声がけください。
次の案件が動き出す前にできること
ここまで読み進めていただき、ありがとうございます。この記事で効いたのは、浸透を届いた範囲ではなく語り直しの起点で見るという1点でした。手元に残るのは、立場の違う3人から聞き取った受け取り方の差のメモと、案件の言葉に置き換えられた1分の言い換えの記録です。どちらも、次の施策を立てるときの出発点としてそのまま使えます。
冒頭の人材開発グループの課長は、一斉の案内を出す順番を変えました。次の案件が立ち上がる時期に合わせて、先にグループ長へ話を持っていきます。グループ長は工程が詰まる中で15分だけ時間を取り、初めて案件に入った若手に、懸念があるときは工程表の備考欄に書いて定例で読み上げてほしいと、自分の言葉で基準を伝えました。その場でやり方の質問も受け、答えています。次の定例では、若手がその欄を使って、施工側との段取りの不安を口にしました。資料の枚数は1枚も増えていません。
次の案件が動き出す前に、立場の違う1人に下書きを見せて感想を聞くところから始められます。ぜひこの記事でご紹介した進め方は、人材育成の現場でご活用いただければ幸いです。自社のスタイルに合った研修やトレーニングをお探しの場合は、いつでもご相談ください。
関連記事
参考にした調査・資料
- (*1) 建設・不動産業界で働く人を対象とした職場環境に関する意識調査
- (*2) 公益財団法人日本生産性本部「上場企業の人的資本経営の浸透・従業員認知に関する調査 速報版」
- (*3) Blume, B. D. et al. "Transfer of Training: A Meta-Analytic Review" DOI: 10.1177/0149206309352880
監修:株式会社アーテリジェンス
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