建設業の自社らしい人材育成を理念の言葉ではなく判断の分かれ目で組み直す

最終更新日:2026年8月10日
建設業の人材育成は、階層や年次ごとの研修を揃える段階から、一人ひとりの成長を会社の競争力に結びつける段階へ移りつつあります。全社の育成体系と階層別の研修を預かる立場からすると、メニューを揃えることそのものより、自社の事業特性や仕事の進め方を育成の中身にどう反映するかが、いまの主題になってきたのではないでしょうか。
ここ数年、理念や行動指針、自社の工事事例を盛り込んだ研修を整えた建設会社は増えています。それでも現場からは、学んだことと実際の仕事での判断がつながらないという声が返ってくることがあります。資料の中には自社の言葉が並んでいるのに、判断の場面になると受講の前後で何も変わっていない、という手応えのなさです。
この手応えのなさは、研修の質や受講者の意欲の話に見えて、実は教材をどの単位で作っているかという話につながっています。それでは、自社らしい人材育成の中身をどう設計するのかについて、現場で判断が割れる場面の側から探っていきましょう。
この記事の要点
- 教材に自社の言葉や事例を足しても、育成の中身が自社らしくなったとは限らない。
- 建設業で研修の量が足りていないわけではなく、取り出せていないものがある。
- 自社らしさは理念の文言よりも、現場で判断が割れたときにどちらを選んできたかという側に現れる。
オリジナル研修をつくったのに現場の判断が変わらないのはなぜか
学んだことと判断がつながらないという反応は、研修の作りのどこから生まれてくるのでしょうか。ここからは、工事の現場で実際に手が止まる場面までいったん降りて、人事側がとってきた手当てと、そこに残されたままのものを順に見ていきます。
自社事例を足した研修が現場に届くまで
例えば、工期の遅れが出ている工事の現場、社内では作業所と呼ぶ場所です。入社3年目の施工管理担当者が、協力会社への追加作業の依頼と、安全上の段取り変更のどちらを先に決めるかで手を止めます。所長は別の現場に出ていて、戻るのは午後になります。所長は、その工事現場で会社を代表して判断する立場です。その所長が戻るまで、この担当者は半日動けません。
建設会社の若手は案件ごとに現場へ配属され、着工から竣工まで、つまり工事が完了して引き渡す時期までを1つのチームで担います。引き渡しとともにチームは解散し、それぞれ次の現場へ移ります。この流れが、経験が個人に残り組織に残りにくい背景になっています。
人事の側は、現場から判断が難しいという声が上がるたびに、階層別研修の項目を増やし、そこに自社の工事事例と行動指針を差し込む形で応じてきました。研修資料に自社の言葉が並ぶと社内での説明が通りやすく、限られた企画時間の中では現実的な手当てになります。オリジナル研修という呼び方が定着するのも、この経緯からすれば自然なことです。
一方で、追加された研修は現場を空けて受けることになり、繁忙期を避けた日程調整の負担は工事の現場の側に回ります。若手は受講後も同じ場面で手を止め、所長は自分の判断をその都度説明し直します。2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用され、夜間や休日に時間をとって指導する運用は見直されました。指導の時間そのものを長くする方向の手当ては、いま取りにくくなっています。
では、建設業は教育の機会が乏しい業界なのかというと、数字の上ではそうとも言えません。建設業で職場を離れて行う研修を実施した企業の割合は85.2%にのぼるという結果が出ています(*1)。これは正社員を対象とした実施率で、全産業の水準を上回っています。
計画を立てて行う職場内の指導についても、実施した企業の割合は64.2%と示されています。こちらも全産業を上回る水準で、機会の量そのものが不足しているわけではないと読み取れます。そこから浮かび上がるのは、伝えるべき中身の取り出し方のほうに課題が残っているという見立てです。
教材に載らなかったのは知識ではなく順番
研修の量が足りているのに現場の判断が変わらないとしたら、教材には何が載っていないのでしょうか。足しているのは、自社の工事事例と理念という知識です。安全と工程と原価と協力会社への配慮が同時に立たない場面で、どれを先に置くかという順番は、そもそも社内で言葉になっていないのではないでしょうか。
この順番は、現場ごとに違うものとして片づけられてきた面があります。案件も条件も一つひとつ違うのだから一般化できない、という説明には確かに理があります。ただ、そう扱ってきた結果として、順番は集める対象にならないまま、配属先の上司の裁量に残されてきました。育成の中身が上司によって変わるのは、担当者の熱意の差ではなく、渡すべきものが手元にないところから始まっているのかもしれません。
自社らしさが現れるのは判断の分かれ目
言葉になっていないのは知識ではなく順番だとすると、探す場所を教材の表現から現場の側へ移してみるとどうでしょうか。自社らしさは、教材にどんな事例を載せたかではなく、安全と工程と原価と協力会社への配慮が同時に立たない場面で、自社が何を先に置いてきたかに現れる、という見方です。
この、複数の正しさがぶつかってどちらを選ぶかで結果が変わる場面を、この記事では判断の分かれ目と呼ぶことにします。育成の中身を設計する単位を、覚えるべき知識から、この分かれ目のほうへ移してみる、という提案です。どの工法を知っているかではなく、両方立てられないときにどちらを先に固めてきたか。そこには、その会社が長い時間をかけて価値を生んできた跡が残っていると考えられます。
この見方に立つと、先ほどの工事の現場も違って見えてきます。3年目の担当者が半日動けなかったのは、追加工事の手順を知らなかったからではなく、その現場で安全上の段取りを先に固めてから協力会社に依頼を出すという自社の順番を渡されていなかったからだ、と読み直せます。そうであれば、育成で渡すべきものは手順の説明ではなく、その順番と、そう決めてきた理由のほうになります。
一般的な育成体系の議論は、階層ごとに必要な能力を並べる方向へ進みやすいところがあります。ただ建設の現場では、同じ能力を持つ人でも先に立てるものが違えば結果が変わります。判断の分かれ目の側に立つと、誰に何を伝えるかがそのまま決まってくる、という使いやすさがあります。
もっとも、熟練者に正解を語ってもらえば順番が出てくるとは限りません。組織心理学者のTasha Eurichが2018年に示した自己認識の研究では、自分は自分を分かっていると考える人の多くが、実際にはその基準を満たしていないとされます。自分の判断の順番も、本人には見えていないことがある。そう考えると、聞き方のほうを変える必要が出てきます。
そして、この作業を後に回しにくい事情もあります。2024年の建設業就業者のうち55歳以上が占める割合は36.7%と報告されています(*3)。全産業と比べて高齢化が進んだ状態にあることを示す数値です。
同じ調査では、29歳以下の割合は11.7%とされています。判断の分かれ目を持っている層が退職の時期に近づき、受け取る側の層は薄い。そこから、順番を取り出す作業に残された時間はそう長くないと読み取れます。
自社らしい人材育成の中身は現場の迷いからつくる
では、その分かれ目はどこから集められるでしょうか。集める場面と聞き方、そして若手への渡し方の順に見ていきます。
迷った場面を1件ずつ言葉にして残す
集める機会は、竣工時の振り返りと、工程の遅れや手戻りが出た直後の2つに絞ると、日常の業務の中に置けます。どちらもすでに人が集まり、直前の判断を思い出している場面です。新しい会議体を立てなくても、その場に15分だけ質問を足せば足ります。
厚みが出るのは、その15分で何を尋ねるかです。どう判断したかという正解を聞くのではなく、そのとき何と何で迷ったか、選ばなかった方をなぜ捨てたかを尋ねます。正解を聞かれると、人は結果から逆算した説明をしがちですが、捨てた選択肢を聞かれると、その場で天秤にかけたものを思い出す形になります。
この聞き方にすると、本人が意識していなかった順番が言葉になりやすくなります。安全上の段取りを先に固めたのは、依頼を先に出すと現場の人の動きが変わってしまい、後から段取りを直すほうが危ないと判断したからだ、といった具合です。1件あたり15分程度の対話でも、そこまでは出てきます。
答えを渡す前に判断させてずれを見る
集めた場面は、状況、迷った2つの選択肢、選ばなかった理由の3点だけを短く記録します。書式を凝る必要はなく、この3点が残っていれば教材の単位として使えます。使う際は結論を伏せ、若手に先に判断させるところから始めます。
答えのずれが出た箇所が、そのまま説明すべき背景になります。指導する側は一から教える必要がなく、ずれた部分に自社の考え方を足すだけで済みます。従来のように熟練者に経験談を語ってもらう形と比べると、準備の負担が軽く、話が現場の場面から離れにくいという違いも出てきます。
職場内の指導については、人によって指示や教える内容が異なることが、指導を受ける側と企業側の双方で最も多く挙がる課題だと報告されています(*2)。この調査は特定の業種に限ったものではありません。判断の分かれ目を記録として残しておくことは、このばらつきを指導者一人ひとりの努力ではなく、ナレッジ共有の仕組みの側で吸収する方向に当たります。
判断の分かれ目が共有された現場で起きること
集め方と渡し方を半年、1年と続けたとき、工事の現場ではどんな景色になっているでしょうか。追加作業の依頼と安全上の段取り変更で手が止まった若手も、似た分かれ目を先に判断した経験があれば、自分なりの根拠を持って所長に相談できるようになります。何を先に固めるべきかまでは自分で言え、そのうえで今回の条件で迷っている点だけを持ち込む形です。
所長の側も、判断そのものを最初から説明し直すのではなく、今回の現場では何が違うかだけを伝えれば済みます。半日待たせていた時間は、数分の会話に置き換わっていきます。研修の項目を足しても届かなかったのは、まさにこの手が止まる数十分だった。届かせる先がはっきりすれば、渡すものも変わってきます。
分かれ目の記録が一定数たまると、人事の側にも見えるものが出てきます。どの職種のどの段階でどんな判断に迷いやすいかが並ぶため、階層別研修の中身をどこから組み直すか、誰をどの現場に配置するかを考えるときに、スキル可視化の材料として使えるという可能性が広がります。
竣工とともにチームが解散し、経験が個人の頭にしか残らないという建設業特有の事情に対しても、この記録は答えになります。案件が終わっても、そこで交わされた判断は組織側に残る形をとります。異動先の上司がその人の経験をゼロから把握し直す手間も、記録を通して短くできるでしょう。
現場を離れずに判断を練習するAIビジネストレーニング
こうした変化を支えるには、集めた分かれ目を1度読ませて終わりにせず、何度も試せる場が要ります。では、その場をどの手段で用意できるでしょうか。
集合研修は、日程と移動の調整が必要になるため、繁忙期の工事の現場から人を出しにくく、回数も限られます。腰を据えて考える時間をとるには向く一方、迷う場面に何度も当たる用途とは相性が離れます。eラーニングは知識を配るには向きますが、迷う場面で選ぶ練習にはなりにくく、職場内の指導は、先に触れたとおり指導者ごとの差が残ります。
株式会社アーテリジェンスが提供するAIビジネストレーニング「ミチビカ」は、自社で集めた判断の分かれ目をケースストーリーとして読み込ませ、AIロールプレイや口頭での説明の形で、選んだ理由まで含めて何度も試せる設計になっています。追加作業の依頼と安全上の段取り変更のどちらを先に決めるかという、あの場面です。所長の時間を借りずに、同じ分かれ目を繰り返し練習できます。
2024年4月以降の上限規制で夜間や休日の指導時間が取りにくく、工事の現場が全国に分散しているという事情に対しては、1回30分程度の単位で自席や自宅から取り組める点が答えになります。まとまった枠を確保できなくても、竣工前後の落ち着いた時間に1件ずつ進める形がとれます。
当社では、受講者の上司へ行った追跡アンケートで、受講3か月後に行動変容が見られたとの回答が78%でした。今回の業種に限らず、全体を集計した数値です。
受講6か月後の同じ調査では、この回答は83%を超えています。判断の分かれ目を題材にすれば、現場で迷ったときの動き方という測りにくい部分についても、上司から見た変化として確認できる可能性があります。
音声で答える設計のため、受講には静かな環境が必要になります。その一方で、自社の工事事例や既存の研修資料を取り込むカスタマイズに対応しており、いま動いている階層別研修へ後から組み込む形でも導入できます。自社の判断場面を教材に落とし込むこうしたカスタマイズ研修は、階層別研修は整っているのに現場の判断が変わらないと感じている人事部に向きます。まずは1件、直近の工事から分かれ目を書き起こしてみるところが出発点になりますので、自社の工事現場で起きた判断の分かれ目を教材に落とし込みたい場合は、既存の階層別研修への組み込み方を含めてご相談ください。
明日の振り返りから始める自社らしい人材育成
ここまで、階層別研修の作り込みを一度脇に置いて、自社らしさを判断の分かれ目として捉え直す道筋をたどってきました。効いた着眼点は、この捉え直しの一点にあります。手元に残るのは、竣工や手戻りの直後に交わした15分の対話から生まれる、状況と迷った2つの選択肢、そして選ばなかった理由を書いた記録です。この記録が増えるほど、育成の中身は誰かの記憶ではなく組織の持ち物になる。
冒頭で触れた会社では、人材開発課の課長が、直近に竣工した工事から順に、所長と15分ずつ迷った場面を聞き取り、結論を伏せた形で若手に渡す運用を始めました。半日動けなかった3年目の担当者は、次の現場で協力会社の職長に向き合います。職長は、協力会社側で作業班をまとめ、当日の段取りを指示する立場です。時間が押している中でも安全上の段取りを先に固める理由を自分の言葉で伝え、その場で手順を読み合わせ、質問を受け付けました。所長は、判断そのものではなく、今回の現場で違う点だけを補足すれば済むようになっています。
日々の工程に追われながら育成の設計まで背負うのは、簡単なことではありません。それでも、次の竣工の振り返りで迷った場面をひとつだけ書き留めるところから始めれば、自社らしい育成の材料は今日の現場の中にあります。
ぜひこの記事でご紹介した集め方や渡し方は、人材育成の現場でご活用いただければ幸いです。AIビジネストレーニングの設計と導入の流れをまとめた資料もご用意していますので、育成体系の見直しを検討される際の材料としてご覧ください。
参考にした調査・資料
監修:株式会社アーテリジェンス
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