説明しにくくなった法人サービス業の人材育成体系を更新の時間軸で組み直す

# 説明しにくくなった法人サービス業の人材育成体系を更新の時間軸で組み直す
最終更新日:2026年8月17日
法人サービス業では、社員一人ひとりが提供する価値そのものになります。だからこそ人材育成への投資は、費用の一項目としてではなく、経営に説明する対象として扱われるようになりました。研修の一覧も、単なる実施計画ではなく、その会社が何に投資しているのかを示す資料として読まれます。
一方で、多くの会社では年度の計画づくりが、前年の一覧を更新する作業に近づいています。新しいテーマは毎年加わるのに、終わった施策はほとんどありません。一覧だけが厚くなっていく。翌年度の研修を組み立てようとしている人材開発や研修企画の担当者にとって、この厚みには見覚えがあるかもしれません。
厚くなった一覧をどう扱うかは、施策を一つずつ吟味するだけでは決まりません。それでは、人材育成の体系をどう組み直せるのか、更新の時間軸という観点から探っていきましょう。
この記事の要点
- 法人サービス業では研修の数が増えても、現場で下される判断の質はそれに比例して上がるわけではない。
- 増え続ける原因は、続けること自体に意味がある施策と、中身が古びると意味を失う施策を同じ周期で扱っている点にある。
- 人材育成の体系を施策の一覧としてではなく、組織が守り続けようとしているものと変え続けようとしているものの関係として読み直す方法を扱う。
増え続ける研修一覧が人事自身にも説明できなくなる
厚みを増した一覧が開かれるのは、たいてい年度の計画策定期です。ここでは法人サービス業のなかでもコンサルティング会社を想定して、その場で何が起きているのかを見ていきます。
例えば、ある会社の人材開発担当が、翌年度の計画づくりのために既存の研修一覧を開きます。上から順に並ぶのは、守秘や利益相反の必須研修です。利益相反とは、同じ領域で複数のクライアントを支援するときに生じる立場の重なりを指します。この種の研修は、クライアントとの契約を維持する前提として全社員に毎年課される位置づけにあり、他の研修とは残す理由の性質が異なります。その下には階層別研修が続き、さらに各部門の要望で足された研修が並びます。
決めなければならないのは、翌年度に何を維持し、何を統合し、何を終えるかです。ただし、この判断には特有の事情が重なります。社員が案件に入っている時間そのものが売上になるため、研修の実施は日程調整の問題であると同時に、案件から人を外す判断でもあります。稼働率が収益の中心にある職場では、研修で人を外すとその分の機会費用が生じるからです。
そこで選ばれるのは、前年の一覧をそのまま残し、経営や各部門から挙がった新しいテーマを追加する形です。既存の施策を削るには、要望を出した部門と交渉しなければなりません。追加のほうが摩擦は小さく、計画は期日どおりに更新されます。同じ手を取る会社は少なくありません。
しわ寄せは現場に届きます。案件を率いるマネージャーは、前にも受けた覚えのある内容の受講に時間を割きます。その一方で、クライアント先で若手が受け取った未公開情報をどう扱うかを判断する場面では、過去の研修と結びつかないまま自分で決めることになります。増えているのは施策の数であって、現場で下される判断の質ではない。
判断の基準が足りないのだと考えると、施策をさらに足したくなります。ただ、育成の現場が抱えている制約は別のところにもあります。厚生労働省の能力開発基本調査では、人材育成に何らかの問題を抱える事業所が79.9%にのぼると報告されています(*1)。この調査にコンサルティング業だけを取り出した区分はなく、産業別に見る場合は「学術研究,専門・技術サービス業」が近い区分になります。
その内訳では、指導する人材が不足しているという回答が59.5%で最も多く、次いで育成を行う時間がないという回答が挙がっています。ここから読み取れるのは、施策が足りないという話とは別の姿です。限られた時間と人の中で、どれに割くのかを決める基準のほうが見当たらないのです。
では、その基準はなぜ書けないままなのでしょうか。一覧に並ぶ施策を見比べると、性質の異なる2種類が混ざっています。守秘や利益相反の基本動作のように、続けること自体が組織の姿勢の表明になる施策があります。もう一方には、クライアントの規制環境や技術の変化によって中身が古びる施策があります。この2つが、同じ一覧の中で同じ周期と同じ物差しで扱われています。
毎年続けることに意味がある施策と、1年で前提が変わる施策は、同じ物差しで測れるものでしょうか。この状態が続いているのは、人手や予算が足りないからではなさそうです。施策ごとに違うはずの更新の速さが、どこにも書かれていないことのほうが、理由として大きいのかもしれません。前年と同じ形で計画を更新するたびに、この空白は埋まらないまま次の年度へ持ち越されていきます。
研修体系に流れる2つの時間軸
どこにも書かれていない更新の速さを、一覧の上に書けるものとして扱えないでしょうか。ここからは、施策を並べ替える前に、その施策を見る焦点そのものを変えてみます。
それぞれの研修を続けるか終えるかで見るのをやめて、2つの問いを当ててみるとどうでしょう。1つは、この施策は組織のどの約束を守るためにあるのかという問いです。もう1つは、その中身がどれくらいの速さで古びるのかという問いです。この2つで人材育成の体系を読み直す焦点の当て方を、この記事では体系の時間軸と呼ぶことにします。
前者の答えが変わらない施策を守り続ける層、後者の答えが1年程度で変わる施策を更新し続ける層と呼び分けます。どちらが上ということではありません。同じ物差しで測ろうとしていたこと自体が判断を止めていた、と捉える見方です。
更新の速さという物差しは、いま広く使われている評価の仕方からは出てきにくいものでもあります。学習の評価がどの段階まで行われているかを尋ねた海外の調査では、受講直後の反応を測っているという回答が83%にのぼると報告されています(*2)。これは海外の人材開発の専門職を対象とした調査であり、日本企業全体の実態を示すものではありません。
一方で、職場での行動まで見ているという回答は54%にとどまり、事業の結果まで追っている割合はさらに下がる傾向が示されています。そこから、続けるかどうかを決める物差しが受講直後の反応に寄りやすいと読み取れます。反応の数字をいくら集めても、その中身が古びたかどうかまでは見えてきません。
この見方に立って、先ほどの一覧に戻ってみます。上から並んでいた守秘や利益相反の基本動作は、実施していること自体がクライアントへの姿勢の表明になっています。同じ一覧の少し下には、生成AIの業務利用や取引先の規制変更のように、1年で前提が変わる内容が並んでいます。同じ行に見えていたものが、更新の速さの違う2種類として分かれます。
コンサルティングでは、扱う領域もクライアントの規制環境も案件ごとに動きます。教材の鮮度がそのまま信頼に関わるため、残すか終えるかで判断が割れる場面でも、中身が古びる速さを先に見れば順番が決まります。効果測定の数字が出そろうのを待たずに手をつけられる点で、成果指標から入る進め方とは分かれます。
学んだことが職場で使われ続けるかという問いは、Baldwin と Ford が1988年に整理して以来知られています。時間の経過に耐えるかどうかを研修設計の問いとして立てる点で、ここで示した2つの時間軸と重なります。
人材育成体系の見直しは一覧に1列足すところから始める
2つの層に分かれて見えたとしても、頭の中で分けているうちは翌年度の判断には効きません。分け方を一覧の上に残す作業から始めます。ここからは、一覧に何を書き足すか、そして変える層の中身をどこから入れ替えるかの順で見ていきます。
守るものと変えるものを一覧に書き分ける
既存の研修一覧に、列を2つ足します。1列目は「この施策が守っている約束」、2列目は「中身が古びる速さ」です。2列目には、毎年入れ替える必要があるのか、数年は変わらないのかが分かる粒度で書き込みます。
全施策を一度に埋めようとしなくて構いません。必須研修と各部門の要望で足された研修が重なっている範囲から始めると、重複と抜けが最初に見つかります。守っている約束の欄が空白のまま埋まらない施策は、終了ではなく統合の候補として脇に置きます。手元の一覧を思い浮かべたとき、最初に列を足せそうなのはどのあたりでしょうか。
変える層は案件で迷った場面から入れ替える
更新し続ける層は、教材を作り直すことで更新するわけではありません。扱う判断場面を入れ替えれば、中身は動きます。四半期に1度、案件を率いるマネージャーに、直近で判断に迷った場面を数件挙げてもらう短い対話の機会を設けます。そこから顧客名と業界を外し、迷いの構造だけを残します。
集めるのは正解ではなく迷いです。ですから、1回あたり30分程度の対話でも材料はそろいます。挙がった場面は、階層別研修の中で扱う場面としてそのまま使えます。クライアント先で若手が受け取った未公開情報をどう扱うかという、あの判断も、ここに並ぶ1件として入ってきます。
終了を決めるときの書き方も、同じ一覧の上で変わります。効果が出ていないからではなく、その施策が担っていた役割が別の施策に移ったからと書ける形にします。この書き方にしておくと、翌年度に同じテーマの要望が挙がったときに、以前の判断を持ち出して説明できます。
更新の周期が決まった体系がもたらす変化
一覧に2列が入り、現場から場面が集まり始めると、計画表の読まれ方が変わってきます。前年踏襲に新しいテーマを足す進め方では、一覧は更新されても重複と抜けは残ったままでした。そこに手が届く形になります。
人材開発担当は、翌年度の計画表を施策の数ではなく、どの約束を守るために残し、どの周期で中身を入れ替えるのかという言葉で、経営や各部門に説明できるようになります。数が増えたことを報告する場ではなく、投資の輪郭を示す場として計画表を使えるという可能性が広がります。
現場の側にも変化が出てきます。案件を率いるマネージャーが扱う場面が直近の案件に近づくため、前にも受けた覚えがあるという反応は少しずつ減っていくでしょう。列を埋めていく同じ作業の中で、これまで見つからなかった重複と、投資が届いていない層が同時に見えてくるという視点も開けます。
この読み方が定着すると、同じ2列の考え方を採用時の要件や、社内で知見を共有する資料にも当てられます。専門領域ごとに何を組織として保持し続けるのかという議論へ進める可能性も出てきます。
現場の時間が取りにくいという事情も、ここで形を変えます。更新の対象が変える層に絞られるため、協力を求める範囲そのものが小さくなるからです。全施策の見直しに現場を巻き込む必要はなく、四半期に1度の短い対話で更新の材料はそろいます。
更新し続ける層を支える練習の場
集まってきた迷いの場面は、どこで扱えばよいのでしょうか。更新し続ける層を支えるには、その材料を何度でも置き直せる場が要ります。
集合研修は、議論と合意形成に向いています。ただ、日程を合わせて案件から人を外す機会費用は大きく、更新のたびに全員を集め直すことはできません。eラーニングは、広く一斉に届けるには適しています。学んだことが現場で使われているかどうかについては、産業能率大学総合研究所の調査でも、効果測定そのものが行われておらず分からないという回答が目立つと報告されています(*3)。
必要になるのは、同じ判断を繰り返し置き直せる場です。クライアント先で若手が受け取った未公開情報をどう扱うかという、集めた迷いの場面をケースとして読み、自分の考えを述べ、その場で助言をもらう。この形であれば、更新のたびに扱う場面を差し替えながら反復できます。こうした練習に向くのが、AIとの対話でビジネススキルを練習するAIビジネストレーニング、株式会社アーテリジェンスのミチビカです。AIロールプレイ研修の形をとるため、相手の都合を気にせず何度でも練習できます。同じ顔ぶれで期間を区切って進める形で運ぶので、案件の合間でも受講の緊張感が保たれます。
機密のため実案件をそのまま教材にできないという事情についても、案件の構造だけを取り出したケースに仕立てる作業がカスタマイズの範囲に含まれます。顧客名と業界を外して迷いの構造だけを残すという、現場との対話で行った作業が、そのままケースの素材になります。
当社が受講半年後に受講者の上司へ行った追跡アンケートでは、行動変容が見られたとの回答が83%を超えていました。これは当社調べの他者評価で、今回のテーマ以外の研修を含む全体の集計です。受講直後の満足度ではなく職場での行動を見ている点で、更新し続ける層の効果を確かめる材料になります。国内大手のシステム開発会社や不動産、商社、製造業などでの採用実績があります。
受講には、静かな環境とグループ単位の人数が必要になります。ただ、既存の社内研修資料や自社のケースを取り込むカスタマイズに対応しており、大規模な対象にも同じ設計で展開できます。手元にあるのは2列を足した一覧と現場から集めた場面ですから、どの層をどの手段で扱うかを決める段階に入ります。守秘や利益相反の基本動作を守り続ける層として定額のコンプライアンス研修で押さえ、更新し続ける層をカスタマイズのコースで回す組み方は、一覧の位置づけを説明できるようにしたい人事部に向いています。既存の研修一覧を前に、どの施策を守り続け、どの施策を毎年入れ替えるかを整理したい場合は、体系の棚卸しと更新層のケース設計についてご相談ください。
来年度の計画表を開く前に決めておきたいこと
扱う場まで決まると、あとは自社の一覧に戻る作業が残ります。厚くなった一覧を毎年抱えてきたこと自体は、投資を止めずに続けてきた結果でもあります。ここまでの道のりで効いたのは、施策ごとに違うはずの中身の傷み方を、一覧の上に文字として書き出す一点だけでした。読み終えた時点で手元に残るのは、2列を足した研修一覧と、現場から集めた迷いの場面の記録という2つです。どちらも来年度の計画づくりにそのまま持ち込めます。
人材開発担当は、翌年度の計画で必須研修を残す理由を1行書き添えました。部門要望の2件を統合し、役割が別の施策に移った1件を終了にしています。時間の余裕がない中でも、各施策の役割と更新の周期を計画表に書いて部門に配り、実施の確認と質問の受け付けまでを同じ場で済ませています。案件を率いるマネージャーが挙げた、未公開情報の扱いに迷った場面は、次の期のケースとして更新し続ける層に入りました。
手元の一覧に列を1つ足すところからで十分です。その1列が、来年度の計画を前年の写しから引き離します。この記事でご紹介した進め方が、人材育成の現場で役立てば幸いです。
参考にした調査・資料
- (*1) 厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査」
- (*2) ATD「Make Sense Out of Evaluation Data」
- (*3) 産業能率大学総合研究所「通信教育およびeラーニングの活用実態調査」
監修:株式会社アーテリジェンス
他の記事

業界別活用法
病院の患者対応力を研修形式選びではなく状態の変化から設計する
接遇研修は毎年実施しているのに、患者や家族への対応の質が職員ごとに分かれる。そんな病院の人事に向けて、コミュニケーション能力の育成を手法の比較ではなく、知識・判断・共有という3つの層の移行から組み直す順序をお渡しします。
…続きを見る →
業界別活用法
情報通信業の人材育成を個人の意欲ではなく現場の役割分担で組み直す
配信領域の階層別研修を用意しても、校了に追われる現場では学びが仕事に戻らない。受講を1本の企画として捉え、意味をつくる人、時間を空ける人、成果を受け取る人を先に決める人材育成の組み直し方を示します。
…続きを見る →
業界別活用法
銀行の人材育成が毎年揺れる理由と優先順位を決める判断の軸
中期経営計画の刷新のたびに育成テーマが増え、年間計画が厚くなる銀行の人事部。人材育成の優先順位を、変えずに持ち続けるものを先に決める作業として組み直す手順と、現場に説明できる形を示します。
…続きを見る →