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商社の人材育成で優先順位が毎年揺れる理由と変えない軸の決め方

業界別活用法29
著者: アーテリジェンス編集部
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# 商社の人材育成で優先順位が毎年揺れる理由と変えない軸の決め方

最終更新日:2026年8月22日

総合商社の人材育成は、扱う事業の広さがそのままテーマの数になります。事業投資、貿易、物流支援、海外展開支援と領域が並び、それぞれに求められる知識も判断も違います。生成AIのような新しい技術への対応が加わっても、国や地域ごとに異なる法規制や商慣行に向き合う教育がなくなるわけではありません。増えることはあっても、減ることは少ない。

近ごろの人事部では、経営方針が新しくなるたびに、その年に実施する研修の組み合わせへ項目が加わっていきます。この組み合わせは研修ポートフォリオとも呼ばれ、どの層に何を実施するかを1年分まとめた一覧を指します。既存のテーマを外す判断はつきにくく、予算も、現場が学びに使える時間も増えません。結果として、すべてを少しずつ薄くする対応に落ち着きやすくなります。来年度の研修ポートフォリオを組み立てている本社人事の人材開発担当の方であれば、この落ち着き方に見覚えがあるかもしれません。それでは、育成テーマの優先順位が毎年揺れる理由がどこにあるのかを、変えない軸をどう決めるかという観点から探っていきましょう。

この記事の要点

  • 総合商社の人材育成でテーマが増え続けるのは、担当者の判断が甘いからではなく、テーマ同士を比べる物差しが重要度しかないためである。
  • 新しい研修を足し、足りなくなれば一律に薄める対応は、変化に応じているように見えて、現場の育成方針への信頼を少しずつ削っていく。
  • 優先順位を決める物差しを、テーマの重要度から、その育成が組織のどの時間軸に効くのかという見方へ広げると、変えるものと変えないものが分かれてくる。

研修ポートフォリオに項目が増え続ける現場

すべてを少しずつ薄くするという判断は、どの部門にも公平で、その年のうちは波風が立ちません。ここで見ておきたいのは、その判断が誰のところに届くのかという点です。総合商社の人材育成は、本社が制度を設計しても、実際に学ぶ相手は国内の事業部門だけでなく、海外拠点に赴任している社員や、出資して経営に関わっている会社の社員まで広がります。誰にどこまで届けるかを決める段階から、時差と現場を離れる負担が制約として入ってきます。

新しいテーマを足し、足りなくなれば一律に薄める

中期経営計画が刷新されると、翌年度の組み立ては経営の新しいメッセージから始まります。人事はまず、経営が掲げたAI活用の研修を翌年度の一覧に新設します。予算はその分だけ足りなくなり、既存の贈収賄防止や行動規範の教育を含めて、一律に時間を短くする調整に入ります。行動規範とは、社員が守るべき判断の基準をまとめた社内の文書を指します。輸出入で守るべき国際的な規制への対応も、外せる項目ではありません。

この対応が選ばれるのには理由があります。経営に対しては方針転換へ即応した姿勢を示せますし、どの部門からも不公平だという反発を受けずに済みます。限られた時間のなかでは、最も選びやすい形です。同じ手をとる会社は珍しくありません。

短くした教育のしわ寄せは、本社から最も遠いところに届きます。例えば、新興国で出資して経営に関わっている会社に出ている若手の社員が、代理店から現地の慣行だとして便宜を求められます。行動規範のどの条項に当たるかを思い出せず、本社への確認も翌週まで持ち越しになります。人事のもとには「また方針が変わった」という声が届き、何を変えず持ち続けるのかを説明できないまま、次の年度の一覧を組む時期がまた来ます。

なぜ毎年の判断が積み上がらないのか

では、毎年の判断はなぜ積み上がらないのでしょうか。手を抜いたわけでも、予算交渉を怠ったわけでもありません。テーマを足す前に、現場が育成に割ける人手と時間のほうが先に限界を迎えている、という見方ができます。国の調査では、育成に何らかの問題を抱える事業所が79.9%にのぼり、その最も多い理由として指導する人材の不足が挙がったと報告されています (*1)。この数値は特定の業種に限らず、全国の事業所に尋ねた結果です。そこから、テーマの数を絞る判断が人事の側に求められると読み取れます。

もっとも、絞ろうとしたところで手が止まります。原因は予算や指導する人の不足そのものではなく、AI活用と贈収賄防止という性質の異なるテーマを、重要度という1つの物差しだけで比べているところから始まっているのかもしれません。どちらも重要です。取引先からの信頼も、次の収益源も、片方を落として事業が続くわけではありません。同じ土俵に並べる限り、どれも重要だという結論にしかならず、削っていいものと削ってはいけないものの線が引けないまま、一律縮小という判断に流れていきます。贈収賄防止の教育を1時間削るのと、AI活用の研修を1時間削るのは、同じ判断でしょうか。

守る力とつかむ力で育成テーマを並べ直す

同じ1時間の削減でも、失うものの種類が違っているのではないでしょうか。この感覚を物差しの形にできれば、重要度以外の並べ方が手に入ります。ここからは、育成テーマを分けるための2つの時間軸を見ていきます。

育成テーマを並べる物差しとして、「会社としての約束を守る力」と「新しい機会をつかむ力」という2つの時間軸を置いてみると、どうでしょう。この記事では、前者を守る力、後者をつかむ力と呼ぶことにします。守る力とは、贈収賄防止や輸出入で守るべき国際的な規制への対応、行動規範のように、事業がどう変わっても取引先や社会に対して守り続ける前提を、現場が自分で判断できる状態にしておく力です。一方のつかむ力は、AI活用や新規領域の知識のように、経営の方向に合わせて入れ替えていく力を指します。この2つを分けて置くと、優先順位の話が変わります。どちらが大事かの比較ではなく、環境が変わっても持ち続けるものと、環境に応じて入れ替えるものを、どう配分するかという話になっていきます。

先ほど一律に短くしたAI活用の研修と贈収賄防止の教育を、この2つの時間軸に置き直してみます。前者は入れ替えを前提に組んでよい施策、後者は削った分だけ現場の判断が鈍る土台だと見えてきます。同じ1時間の削減でも、失うものの種類が違っていたという読み方ができます。

総合商社の場合、国や地域、取引先、出資して経営に関わっている会社によって、守るべき線の引き方が変わります。守る力の側は知識を配れば済むものではなく、判断の練習が要ります。ここが、つかむ力の側と性質の異なるところです。テーマの重要度を比べる整理では、判断が割れる場面でどちらを残すかまでは決まりません。2つの時間軸で並べておくと、その場面で残す側を先に選んでおけます。なお、能力の管理と人材開発に関する国際的な指針では、組織に必要な能力の要件づくりから育成、評価までを1つのサイクルとして扱うとされており、研修を単発の施策ではなく維持すべき能力の側から見る点で、この並べ方と重なると考えられます (*3)。

既存の研修を2つの時間軸で仕分ける

2つの時間軸は、来年度の一覧を組む作業に下ろしてはじめて働きます。手元の一覧を思い浮かべながら、どう振り分け、守る側に何を求めるかを順に見ていってください。

手持ちの施策を守る側とつかむ側に振り分ける

まず、来年度に予定している研修と、いま動いている研修をすべて一覧にします。そのうえで、1つずつ「事業が変わっても守り続ける前提に効くもの」と「経営の方向に合わせて入れ替えるもの」のどちらかに振り分けていきます。迷うものが出てきたら、その研修をやめたときに取引先や社会への説明が難しくなるかどうかを基準にすると、線が引けます。

この仕分けは、既存の一覧があれば半日程度で試作できます。完成させてから事業本部に持ち込む必要はありません。叩き台を持って議論を始めるほうが、どちらの時間軸の話をしているのかが早く揃います。

守る側に求める到達点を行動で決める

振り分けたあとに効いてくるのは、守る側の到達点をどう書くかです。「知っている」で止めず、迷う場面で止まり、誰に確認し、どう記録するかまで書き出します。代理店から現地の慣行だと言われた場面であれば、動作は3つに具体化できます。その場で結論を出さずに保留すること、本社の担当窓口に当日中に照会すること、そしてやり取りを記録に残すことです。ここまで書いておくと、学んだ人が現地で何をすればよいかを、研修の外でも思い出せる形になります。

この到達点は、書いた時点で終わりにせず、事業本部長や海外拠点の管理職と共有しておきます。共有しておくと、翌年に予算が縮んだときでも、守る側を削らない理由を同じ言葉で説明できます。予算の話が始まってから理由を探すより、先に言葉にしておくほうが早いはずです。判断が問われる領域では、講義形式よりも事例に即して考える学び方のほうが理解と応用が進むと、複数の研究を集めた分析で報告されています (*2)。心理学の授業を対象に集めた分析ですが、守る側の到達点を場面の動作で書く設計を後押しする材料になります。

テーマが増減しても揺れない育成方針

仕分けた一覧と、守る側の動作の記述が手元にある。この状態で次の年度を迎えると、経営が新しいテーマを打ち出したときの動き方が変わってきます。入れ替える側の枠のなかで調整でき、守る側の時間を削らずに済むからです。事業本部長や海外拠点の管理職に対しても、今年これを増やす理由と、これは変えない理由を同じ言葉で説明できます。一律に薄めた年のような、「また方針が変わった」という受け取られ方が減っていくという可能性が広がります。

一律に薄める判断では、削った分がどこに効いてくるのかが見えないままでした。守る側の到達点が動作で書かれていれば、その見えなかった部分に手が届きます。海外拠点に赴任している若手の社員が現地で便宜を求められた場面でも、その場で保留して照会するという行動の拠りどころを持てるでしょう。

本社で言葉になった判断基準は、そのまま海外拠点や、出資して経営に関わっている会社へ展開するときの共通の説明としても使えます。育成の水準に差が出ているという議論にも、次の材料を出しやすくなるという視点が開けるでしょう。中期経営計画に連動して育成テーマを層別に位置づけ、人材の到達水準を経営会議で定期的に見ている総合商社もあります。

予算が足りなくなったときに全施策を一律に薄める判断は、削ってよい側が決まっていれば避けられます。縮小の影響を、入れ替える側に寄せられるからです。事業本部ごとに要望が並び立つ場面も、どちらの時間軸の話をしているのかを最初に確認すれば、議論の土俵が揃います。

守る力を支える練習の場をどう用意するか

守る側の到達点を動作で持つところまでは、紙の上で進められます。では、その動作を実際に練習する場は、どこに用意できるでしょうか。

守る側のコンプライアンス研修は、集合研修で年に一度集めるか、eラーニングで全社に配信する形が中心でした。知識を揃えるところまでは、この2つで届いてきています。ただし集合研修は、時差と現場を離れる負担から、海外拠点に赴任している社員が参加しにくい場面があります。eラーニングは選択式の設問が多く、その場で保留して照会するといった動作を反復する場にはなりにくいところがあります。どちらも向く場面はあり、そのうえで届きにくい場面が残るということです。

AIとの対話で場面を反復するトレーニングは、この残った部分を引き受けます。代理店から現地の慣行だと言われた場面をケースとして読み、その場で自分ならどう応じるかを声に出します。そのうえで、とった行動と基準との差について助言を受けるところまでを、1人で完結できます。相手役を人が務める必要がないため、時差のある拠点でも同じケースを同じ水準で練習でき、何度でも繰り返せます。出資して経営に関わっている会社まで対象が広がり、本社が一括で集合実施するのは難しいという事情にも、この形なら手が届きます。

株式会社アーテリジェンスが提供するAIビジネストレーニング、ミチビカもこの形をとっています。受講半年後に受講者の上司へ行ったアンケートでは、行動が変わったとの回答が83%を超えていました。この数値は業種やテーマを限らず全体を集計したもので、上司による他者評価です。守る側の到達点を行動で見たいという設計とかみ合う可能性があります。

運用の面では、同じ時期に一緒に学ぶ集団の単位で実施するため、一定の受講人数と、声を出せる静かな環境が要ります。一方で、既存の社内研修資料や行動規範をカリキュラムに取り込むカスタマイズに対応しているため、拠点ごとに異なる商慣行を反映したケースも設計できます。全社員向けの定額版コンプライアンス研修は、守る側の土台を毎年同じ水準で維持したい人事部に向いており、検討の材料として相談できる形です。どのコースを選ぶにしても、出発点になるのは手元の研修体系をどう仕分けるかというところにあります。現在の研修体系を守る力とつかむ力で棚卸ししてみたい場合は、既存の行動規範や社内資料をもとにしたケース設計の進め方をご案内していますので、まずは体験コースからご相談ください。

優先順位は組織が何を変えないかの表明

練習の場まで用意できると、優先順位という言葉の意味も少し変わって見えてきます。施策を並べる順番ではなく、組織が何を変えずに持ち続けるかの表明として読めるようになります。

毎年の一覧づくりに向き合ってきた方ほど、増やす側の議論に時間を使ってきたはずです。ここで効いたのは、育成テーマを重要度ではなく、守る力とつかむ力という時間軸で並べ直すという1点でした。読み終えて手元に残るのは、来年度の研修を2つの側に振り分けた一覧と、守る側について書き出した現場の動作の記述です。この2つが、次の予算折衝で持ち出せる材料になります。

人材開発担当者は、翌年度のすり合わせの場で、新しいテーマを入れ替える側の枠に収めました。贈収賄防止と行動規範の時間は削らないという線を、議論の前に先に示しています。事業本部長に対しては、その理由を、守る側を削ると現場の判断が鈍るという言葉で説明しました。数字の比較ではなく、時間軸の違いで話をしたことになります。新興国で出資して経営に関わっている会社にいる若手の社員は、練習したケースと同じ場面に出会いました。その場で結論を出さずに保留し、本社へ当日中に照会し、やり取りを記録に残しています。行動規範の条項を思い出せずに翌週まで持ち越した前の年とは、動き方が変わりました。

まずは手元の研修一覧を開き、それぞれの横に守る側かつかむ側かを書き込んでみてください。書き込み終えたときには、来年度の議論の土俵はもう変わっています。

ぜひこの記事でご紹介した仕分けや到達点の書き方は、人材育成の現場でご活用いただければ幸いです。全社員向けの定額版コンプライアンス研修や、海外拠点を含めた運用の進め方については資料をご用意していますので、お気軽にお問い合わせください。

参考にした調査・資料

監修:株式会社アーテリジェンス

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