調剤薬局チェーンの人材育成で優先順位が毎年揺れる理由と決め方の軸

# 調剤薬局チェーンの人材育成で優先順位が毎年揺れる理由と決め方の軸
最終更新日:2026年9月7日
今年の年度計画には、去年はなかった研修テーマがいくつ並んでいるでしょうか。調剤薬局チェーンでは、法令への対応、対人業務の高度化、デジタル化への対応が同時に進み、人材育成に求められるテーマが年々増えています。人的資本経営の広がりのなかで、育成をどう組み立てたのかを経営に説明する場面も増えました。
本部で年度の育成計画を組み、エリアマネージャーや薬局長と調整しながら研修を発注する立場にいると、この増え方は毎年の計画づくりの手ごたえとして表れます。経営方針や中期計画が更新されるたびに新しい研修テーマが加わり、前年の計画に足し算をする形で年度計画が組まれていきます。研修一覧は長くなる一方で、何を優先しているのかを一言で説明しづらくなっていきます。それでは、育成テーマの優先順位が毎年揺れる理由と、その決め方の軸について、店舗で起きていることの側から見ていきましょう。
この記事の要点
- 調剤薬局チェーンでは学ぶべきテーマが増え続け、人材育成の優先順位を決める基準そのものが見えにくくなっている。
- テーマを足す対応は変化への対応に見えるが、現場の人材マネジメントを担う店舗管理者の育成が後回しになりやすい。
- 優先順位は個々のテーマの重要度を比べるのではなく、時間軸の中で組み立て直すと決めやすくなる。
研修テーマが毎年増える調剤薬局チェーンの年度計画
テーマが増えること自体は、業界の変化に沿った動きでもあります。ただ、増えたテーマをどう並べれば店舗に届くのでしょうか。足し算で伸びていく年度計画が実際にどう組まれ、その計画が店舗にどう落ちていくのかを、順にたどります。
新しいテーマを足す判断が自然になる場面
例えば、6名前後の人数で開局時間を回している店舗があります。調剤薬局の店舗は開局時間中に薬剤師が常駐している必要があり、1名が研修で抜けると、その日の調剤と服薬指導の流れが滞ります。この制約が、多店舗のチェーンで研修の実施回数や時間帯を決めるときの前提になっています。
本部の育成担当者は、経営が新しく掲げたテーマを年度計画に追加します。予算が絞られた年には、全施策を一律に少しずつ薄くして帳尻を合わせます。この対応は経営の方針にすぐ応じた形になり、どのテーマも切り捨てていないと説明できます。その場では、最も納得を得やすい選択になります。
追加されたテーマは、店舗単位の受講となって降りてきます。6名前後の店舗では1名の離脱がそのまま調剤と服薬指導の遅れになるため、薬局長がシフト調整を引き受けることになります。薬局長自身も調剤に入りながら受講管理を担うので、部下と落ち着いて話す時間は、削るものを探すときに真っ先に候補に挙がります。
店舗管理者の育成が後回しになり続ける理由
では、なぜ店舗管理者を育てる取り組みだけが、毎年後ろに送られるのでしょうか。新しいテーマを足すときに、既存の施策との関係や、なぜ今それを優先するのかが言葉にされないまま計画に載ることが多いためです。前年との線がつながらないので、育成方針が年度ごとに切り離されて見える状態が生まれます。現場が「また方針が変わった」と受け止めるのは、その見え方の側から出てくる反応でもあります。
ハラスメント防止のように、相談窓口と規程で整えられる部分は、年度内に形になります。一方で、日常の声のかけ方や店舗の風通しといった時間のかかる部分は、毎年の新テーマの陰に隠れます。一覧のどこにも項目として書かれていないこの部分は、いったい誰の担当になっているでしょうか。誰の担当にもならないまま、翌年の計画づくりがまた始まります。
テーマを足すほど、店舗の運用は苦しくなります。厚生労働省の能力開発基本調査では、人材育成に問題があるとした事業所が約8割にのぼり、指導する人材が不足していること、育成を行う時間がないことが問題の上位に挙がったと報告されています(*1)。この調査は業種を限定せず、事業所に対して尋ねたものです。そこから、テーマの数を増やすほど、指導する人と時間という同じ資源の取り合いが強まると読み取れます。優先順位を説明しづらいのは、テーマの数そのものよりも、判断の基準が共有されていないところから始まっているのかもしれません。
優先順位を時間軸で見直すという考え方
基準が共有されていない状態を動かすには、その基準をどこに置くかを先に決める必要があります。増え続けるテーマを前にして、何を手がかりに選べばよいのでしょうか。手がかりは、テーマの重要度の比べ方ではなく、時間の見方の側にありそうです。
育成テーマを重要度の順に並べる前に、環境が変わっても持ち続けるものと、環境に応じて入れ替えるものの2列に置き分けてみるとどうでしょう。ここでは、この置き分けを土台と可変の仕分けと呼ぶことにします。テーマ同士を横に比べると、その年に経営の関心が向いた側が一位になり、判断は毎年入れ替わってしまいます。土台の列に何を置くかを先に決めておけば、新しいテーマは可変の列に乗るだけで済み、方針の連続性を保ったまま変化に応じられるという見方もできます。優先順位を施策の順番としてではなく、組織が何を守っているかの表明として扱う見方だと考えていただきたいところです。
この分け方で研修一覧を眺めると、風通しのよい職場づくりは並ぶテーマの1つではなく、在宅対応もカスタマーハラスメント対応も、それが機能するために必要な土台として見えてきます。部下と落ち着いて話す時間が最初に削られていく店舗に、新しいテーマだけを重ねたとしても、店舗で気になったことを言い合える関係がなければ、そのテーマは根づきにくいままです。
調剤薬局チェーンでは、店舗の人数が少なく、人の入れ替わりがそのまま職場の空気に響きます。だからこそ、土台の列に何を置くかという話は、店舗の業績の議論ともつながりやすくなります。テーマの重要度を一般論で比べるやり方に対して、この仕分けが効いてくるのは、今年これを削ってよいかで判断が割れる場面です。どちらを取るかを、その場の力関係ではなく列の区別で決められる形になっています。
気になったことを言い合える関係は、ミスや懸念を早い段階で口に出せる状態を指す言葉として、1999年にエドモンドソンが示した考え方です。そうした関係のある職場ほど、学びにつながる行動が起きやすいと一般にはされています(*3)。土台を守ることが新しい学びの受け皿になるという整理と、重なる部分があります。優先順位とは、どれを先に実施するかの順番である以前に、組織が何を変えずに持ち続けるかの表明でもあるわけです。
研修一覧を2列に仕分けて管理職育成の軸を決める
2列に分けるという考え方は、手元の一覧を前に置いた途端、具体的な作業に変わります。では、何を土台の列に置けばよいのでしょうか。ここからは、土台側の決め方と、可変側の運用の仕方を順に見ます。
土台の列に置くものを行動の水準まで書き出す
まず既存の研修一覧をすべて並べ、それぞれについて「この会社が3年後も続けているか」を基準に、土台と可変の2列に置き分けます。土台に残す判断は、多くて3つ程度に絞ります。残りはすべて可変の列に置くと最初に決めておくと、1件ごとの迷いが減っていきます。
土台に置いた風通しの部分は、知識の項目としてではなく、薬局長の行動として書き出します。たとえば、忙しい時間帯に部下が言いよどんだ場面で作業の手を止めて聞き直す、処方内容について医師に確認する場面で判断に迷った件を翌日に持ち越さずその場で共有する、といった水準です。ここまで下ろすと、店舗で何を練習すればよいかが定まります。逆に「風通しのよい職場をつくる」という項目名のままでは、薬局長が明日どう動くかは決まりません。
日常の行動を土台に置く必要は、薬剤師に尋ねた調査からも見えてきます。「薬剤師白書2024」に関連する調査では、職場でのハラスメントを経験した、あるいは目撃したという回答が一定数報告される一方、予防策としては相談窓口の設置と規程の整備が中心で、上司の部下への接し方や日々のやりとりを扱う研修は少数にとどまると報告されています(*2)。回答したのは薬剤師で、勤務先の規模や業態は一様ではありません。そこから、窓口と規程の整備だけでは、店舗で交わされる言葉のところまでは届きにくいと読み取れます。
仕分けの結果とその理由は、年度計画の説明資料の冒頭に1枚置きます。薬局長にも同じ紙で伝えると、本部と店舗が同じ基準を見ながら今年のテーマを話せます。
可変の列に入れ替えの条件をあらかじめ書く
可変の列に置いたテーマには、どういう環境変化が起きたときに外すのかという条件を、1行ずつ書き添えておきます。条件を先に書いておくと、翌年に外す判断がその年の空気に左右されにくくなり、店舗への説明もしやすくなります。
この作業は、研修設計の担当者だけで完結させないほうが、店舗の実感が入ります。エリアマネージャーを数名交えて、半日程度で一気に置き分ける形が考えられます。仕分けの基準を薬局長やエリアマネージャーと共有できた時点で、優先順位は説明できるものに変わっています。
仕分けの基準を共有した先に起きること
2列に置き分けた紙が店舗に渡ると、新しいテーマの受け取られ方から変わってきます。薬局長が「今年も土台は変わらない」と分かった状態で新しいテーマを受け取ると、また方針が変わったという受け止めにはなりにくく、可変の列に加わった1件として部下に説明できるようになるでしょう。本部の側も、経営から新しいテーマの要望が出たときに、何を削るかではなく、土台を崩さずどこに乗せるかという話に持ち込めます。テーマを足しては薄く削るという対応では届かなかった、育成方針への信頼が、ここから回復に向かう可能性があります。
土台の行動が店舗に根づいてくると、在宅対応やカスタマーハラスメント対応といった新しいテーマも、店舗内で相談しながら回せるようになっていきます。困ったことがその日のうちに言葉になる店舗であれば、新しいやり方の詰まりも早く見つかります。そうなれば次の段階として、店舗管理者の候補者をどう育てるかという管理職育成の設計に取りかかれるという視点が開けるでしょう。
予算が絞られた年に全施策を一律に薄めていた対応も、2列に分けてあれば形を変えられます。可変の列から順に外すという判断に置き換えられ、テーマの数が減っても土台は残ります。現場への説明が毎年つながっていくため、土台が守られているほど、新しいテーマは乗せやすくなっていきます。
店舗を離れずに土台を練習し続ける手段
土台が守られている状態を続けるには、そこに書き出した行動を、店舗で練習し続ける必要があります。この練習を何で支えるのかという点から見ていきます。
集合研修は、参加者どうしの議論と合意形成に向く形です。ただ、開局中の店舗から人を出すためのシフト調整の負担が大きく、多店舗では実施回数が限られます。eラーニングは全店舗に同じ内容を届けられますが、薬局長が忙しい場面で部下の言葉を聞き直すといった行動を、繰り返し練習する用途には向きにくいところがあります。どちらも使いどころのある手段で、土台側の学習だけが、そのどちらからも少しはみ出します。
AIビジネストレーニングのミチビカは、ケースストーリーを読んだうえでAIを相手に役割を演じ、その場で助言を受ける形の研修です。土台の列に書き出した行動を、店舗を離れずに何度でも練習できるため、シフトを崩さずに繰り返しの回数を確保できます。人を相手にしては再現しにくい場面ほど、この形は使いどころがあります。ハラスメントに近いやりとりや、言いにくいことを相手に伝える場面も、AIロールプレイ研修であれば安全に練習できます。忙しい時間帯に言いよどんだ部下に手を止めて向き合う場面も、同じように練習の対象として繰り返せるわけです。
当社が受講半年後に受講者の上司へ行ったアンケートでは、行動が変わったという上司の回答の割合が83%を超えていました。受講者本人の自己申告ではなく上司による他者評価であり、業種を横断した集計値です。土台に置いた日常の行動そのものを練習の対象にすれば、調剤薬局の店舗でも、行動として現れるところまで持っていける可能性があります。
受講には静かな環境と、一定の受講人数が必要になります。そのため店舗単位ではなく、エリア単位で同じ時期に一緒に受講するグループを組む形で運用し、既存の社内研修資料を取り込んだカスタマイズにも対応しています。
土台を担う手段が手元にあると、2列の仕分けは紙の上の整理で終わらずに済みます。店舗管理者の日常の関わり方を扱うマネジメント研修のコースは、土台の列に何を置くかまでは決まったものの、それをどう練習させるかで止まっている人事部に向いています。研修一覧の土台に何を置くか、それをどう練習の形にするかでお悩みでしたら、調剤薬局チェーンでの実施を想定した設計例をご用意していますので、まずはお気軽にご相談ください。
来年度の計画を説明できる形にする
毎年組み替わる計画を、それでも年度ごとに整えてきた時間があるからこそ、仕分けの作業に入れます。ここまでで効いたのは、テーマを横に比べるのをやめ、変えずに持ち続けるものと入れ替えるものを分けた、その一点に尽きます。手元に残るのは、研修一覧を2列に置き分けた1枚の紙と、土台の列に書き出した薬局長の具体的な行動の言葉です。
本部の育成担当者は、エリアマネージャーを交えて研修一覧を2列に仕分け直し、土台に残した3項目とその理由を年度計画の1枚目に置きました。薬局長は、忙しい時間帯に部下が言いよどんだ場面で手を止めて聞き直す行動を練習の対象として受け取り、翌月から店舗で試しています。経営から新しいテーマの指示が来たときも、担当者は可変の列のどこに乗せるかという形で答えるようになりました。年度ごとに切れていた線が、同じ紙の上でつながり始めています。
まずは手元の研修一覧を印刷して、2列に分けるところから始めてみてください。それだけでも、来年度の方針は自分の言葉で説明できる形に近づきます。ぜひこの記事でご紹介した仕分けの手順は、人材育成の現場でご活用いただければ幸いです。自社のスタイルに合った研修やトレーニングをお探しの場合は、いつでもご相談ください。
参考にした調査・資料
- (*1) 厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」
- (*2) メディカルサポネット掲載「薬剤師白書2024」関連調査
- (*3) Edmondson, A. C. "Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams"(1999年)/DOI: 10.2307/2666999
監修:株式会社アーテリジェンス
関連するカリキュラム
他の記事

業界別活用法
生産財メーカーの人材育成を重要度ではなく時間の物差しで並べ直す
技能継承もデジタルの学び直しも管理職育成も同じ年度の計画に並び、どれから着手するかの合意が最後まで残る。生産財メーカーの人事に向けて、育成テーマを重要度ではなく効き始めるまでの時間で並べ直す人材育成の進め方と、部門長との聞き取りの手順をまとめました。
…続きを見る →
業界別活用法
法人サービス業の人材育成を教材の言葉ではなく現場の判断から組み直す
外部研修に理念と社内事例を足しても、警備・施設管理の現場では判断が揃わないという声があります。契約先ごとに分かれる判断の理由を現場責任者から聞き取り、階層ごとの期待判断に置き直すところから、人材育成の中身を組み直す道筋をまとめました。
…続きを見る →
業界別活用法
毎年増え続けるヘルスケア業の人材育成体系を時間軸から組み直す発想
年度計画のたびに研修が増え、似た内容が重なっていると感じていませんか。毎年実施が求められる教育と変化に合わせて更新する教育を分けて読み、人材育成の体系を到達行動の言葉で組み直す進め方を、検査・健診の現場に即して解説します。
…続きを見る →