毎年増え続けるヘルスケア業の人材育成体系を時間軸から組み直す発想

# 毎年増え続けるヘルスケア業の人材育成体系を時間軸から組み直す発想
最終更新日:2026年9月18日
ヘルスケア業の人材育成は、サービスの品質と安全を守り続けるための教育と、経営方針や技術の変化に合わせて人を育てるための投資という、性質の違う2つを同時に引き受けています。人的資本経営が広がるなかで、人事部はそれぞれの施策が何のためにあるのかを、経営にも社員にも説明する場面が増えてきました。全国に事業所を持つヘルスケア企業で人材育成を担う立場なら、その説明を求められる場面に心当たりがあるのではないでしょうか。
年度の計画づくりのたびに新しいテーマが加わり、人材育成研修の本数は着実に増えていきます。それでも社員からは似た内容を繰り返している感覚が聞こえてきて、人事部自身も体系の全体像をひと息で説明しにくくなっています。組織が大きく、事業所の数だけ事情も分かれる会社ほど、この積み上がり方は静かに進みます。それでは、増え続ける人材育成の体系をどう組み直せるのか、時間軸という観点から探っていきましょう。
この記事の要点
- 研修が増え続けるのは担当者の進め方の問題ではなく、毎年の実施が求められる教育と、変化に合わせて更新すべき教育を同じ時間軸で扱っていることから起きている。
- 研修の名前ではなく、その研修が目指す行動で見ると、1つの研修の中に長く保つべき部分と毎年変えるべき部分が同居していると分かる。
- この違いを分けて読むと、測り方も更新の速さも変えられるようになり、管理職育成を体系の土台として長く積み上げる道筋が見えてくる。
毎年の計画づくりで似た研修が積み重なる理由
本数が増えるほど体系の輪郭がぼやけていく動きは、年度末の計画づくりの場にあらわれます。ここからは、翌年度に何を実施するかを決める会議で何が起きているのかを順に見ていきます。
前年踏襲とつぎはぎ追加で膨らむ年間計画
例えば、検体の検査と健診を全国の拠点で手がけるヘルスケア企業で、人材開発を担当する課長が年度末の研修計画見直し会議に臨みます。同席するのは検査部門の管理職(技師長)で、翌年度の計画をその場で決めていきます。検査値のばらつきを一定の範囲に収めるための日常的な確認と記録、つまり検査結果の精度を保つための管理に関わる教育は、施設の運営や外部の認定に関わるため、内容の是非にかかわらず毎年の実施が前提になりやすい領域です。医療安全の教育も同じ扱いになります。
一方で、検査の自動化が進み、医師の業務の一部を他の職種が担う動きも広がっています。法改正に伴って検査や画像の分野でも担当範囲の見直しが進んでいるため、検査運用の中身は年ごとに変わり続けます。毎年の実施が求められる教育と、中身が変わり続ける教育が、同じ年間計画の上に並ぶわけです。
そこで人事部は、前年の研修一覧を土台に、各部門から上がってきた要望を新しい研修として足していきます。毎年の実施が求められる教育の枠を崩さずに済み、要望に応えた記録も残ります。その年の計画としては、筋の通った判断に見えます。
積み上がった計画は、受講する側から見ると別の景色になります。自動化後の運用を扱う研修と品質管理の研修で似た説明が重なり、前にも受けたという感覚が積み上がっていきます。検査部門の管理職は自分の検査業務を抱えたままで、新人の指導役を決めきれない状態は翌年度も変わりません。
日程の面にも事情があります。健診と検査の現場は季節による繁閑の差が大きく、繁忙の時期に担当者が検査フロアを離れると当日の検査や健診の進行そのものが止まります。集合研修の日程を確保しにくいという難しさは、この構造から生まれています。
研修の名前で並べた棚卸しの限界
計画の側をいくら整えても、受け止める側の余力はどうでしょうか。国内の事業所に尋ねた能力開発基本調査では、能力開発や人材育成に何らかの問題を抱える事業所が79.9%にのぼるという結果が出ています(*1)。事業所を対象に集計されたもので、業種を限った数字ではありません。
内訳を見ると、指導する人材が不足しているという回答が59.5%で最も多く挙がっています。教える側が足りない状態は、研修の本数とは別のところで進んでいると読み取れます。
育成を行う時間がないという回答も47.4%を占めます。人事部が計画を整えても、現場に育成を受け止める余力が残っていないわけです。ここで要るのは施策の追加ではなく、限られた時間をどこに置くかという配分の判断ではないでしょうか。
では、なぜその配分が決めにくいのでしょうか。手がかりは、棚卸しのときに研修をどう並べているかにあります。名前と実施回数で一覧にすると、1つの研修の中にある何年も変えなくてよい部分と、毎年変えなければならない部分が分けられません。
分けられないまま判断の場に出るため、問いは施策ごとの維持か終了かという二者択一になります。実施が求められる教育は終了できないので手つかずのまま残ります。変化への対応は、新しい研修の追加でしか吸収できなくなります。この行き詰まりは担当者の怠慢ではなく、研修を名前と実施回数で並べていることから生じています。
研修体系は組織が保つものと変えるものの関係を映す
名前と実施回数の一覧では、1つの研修の中身までは分けられません。そこで、並べ方そのものを変えてみます。
研修体系を講座の一覧として眺めるのをやめて、組織が変えずに守ろうとしているものと、環境に合わせて変えようとしているものの関係を映した構造として読んでみます。この記事では、前者を保つ層、後者を変える層と呼ぶことにします。1つの研修の中には、10年後も同じ言葉で伝えるはずの部分と、来年には言い方を変えているはずの部分が混ざっています。その混ざり方を意識して眺めると、施策を残すか終わらせるかという問いの前に、この研修のどこを保ち、どこを入れ替えるのかという問いが立ちます。網羅的な分類というより、判断に迷ったときに手前に置く読み方として受け取っていただくと、ちょうどよい距離感になります。
先ほどの計画見直し会議に、この読み方を持ち込んでみます。検査結果の精度を保つための管理や医療安全の教育は、毎年の実施が求められるので保つ層に見えます。ただ、自動化と担当範囲の見直しが進んだ検査室では、確認すべき手順も判断の勘どころも動いています。中身のほうは変える層に属していると考えてみるとどうでしょう。
逆に、管理職が部下にどう関わり、どう期待を伝えるかという土台は、毎年テーマを入れ替えるのではなく長く積み上げるべき保つ層と見ることもできます。指導役が決まらないという場面は、新しいテーマの不足ではなく、保つ層の積み上げが足りていない状態として読み直せます。それが見えた瞬間に、管理職育成が体系の中で占める位置が変わります。
この読み方が検査や健診の分野で効いてくるのは、施策そのものを終了できない教育が多いからです。法令や外部の認定に関わる教育は残さざるをえず、一般的な棚卸しが勧める取捨選択の議論は最初から使えない場面が少なくありません。層で分ければ、やめられない施策であっても中身だけを入れ替えられます。現場の制約を崩さずに更新の判断ができるところが、この見方の使いどころです。
体系を講座の集まりではなく関係の構造として読む見方には、研究の側からの支えもあります。研修を単発の実施としてではなく、必要性の見立てから設計、実施後の現場での支援、評価までを含むひとつの仕組みとして設計すべきだと整理した研究が報告されています(*3)。ここで重なるのは、個々の講座ではなく、その前後のつながりごと扱うという点です。
到達してほしい行動で研修を仕分けて更新の速さを変える
保つ層と変える層という読み方は、年度計画の作業に下ろしたときに初めて効いてきます。ここからは、人材育成の施策を仕分ける手順と、更新のきっかけをどこから拾うかを見ていきます。
研修の中身を到達行動の言葉に置き直す
まず各研修を、受講後に現場でできていてほしいことを表す言葉に書き直します。この言葉を、ここでは到達行動と呼ぶことにします。勘どころは、研修の名前や中身の説明ではなく、現場での動きが浮かぶ言い方にそろえることです。名前のままでは似た研修が並んで見えますが、行動の言葉にすると重なりも違いも表に出てきます。
書き直した行動を、3年後も同じ言葉で言えるかという1点で見ます。言えるものは保つ層に、言えないものは変える層に置きます。判断の基準をこの1つに絞ると、施策ごとの事情に引きずられずに手が動きます。
仕分けは人事部だけで抱えないほうが早く進みます。検査部門の管理職に、去年と今年で変えた指導の言い方を聞いてみてください。変える層の輪郭が、その場で出てきます。
仕分けが済んだら、層ごとに手のかけ方を変えます。保つ層は年ごとの入れ替えをやめ、同じ到達行動を数年かけて追い、現場で実際にその行動が増えているかまで確認します。変える層は測定を軽くし、内容の鮮度と更新の速さを優先して、半期に一度は言い回しごと差し替えます。
すべての研修を同じ深さで測ろうとすると、運用のほうが先に止まります。海外の人材開発の調査では、研修評価が受講者の反応83%と理解度80%に集中し、現場での行動54%、事業成果38%、投資対効果16%と下がっていくという結果が紹介されています(*2)。海外の人材開発分野の傾向をまとめたもので、国内の同業の実態をそのまま表す数字ではありません。そこから、行動や成果まで追う手間はどの研修にもかけられるものではないと読み取れます。
だからこそ、行動まで追う深さは保つ層に寄せます。変える層は受講者の反応と理解度で足り、そのぶんの時間を内容の更新にまわす。研修設計と研修管理の手間を、層ごとに配分し直すわけです。
変わる部分の更新を管理職との対話から始める
更新のきっかけを年1回の計画会議に集めると、変化への対応はいつも後追いになります。四半期に一度、15分ほどで構いません。検査部門の管理職と、今期変えた判断を確かめる場を持てば足ります。そこで出た変更点を、翌期の変える層に載せていきます。
繁忙期に拠点を離れられない現場でも、15分の確認なら予定に入ります。更新のきっかけは会議室ではなく、現場の判断が変わった瞬間にあります。年に一度まとめて聞き出そうとするより、変わった直後に短く拾うほうが、言葉の鮮度も保てます。
仕分けを続けた先に検査室の育成はどう変わるか
到達行動での仕分けと四半期ごとの短い確認を1年続けたところを想像してみます。年度計画の景色はどう変わるでしょうか。
新しい研修を足すやり方では、実施が求められる教育の中身は最後まで手つかずのまま残りました。仕分けが進むと、その教育を残したまま中身だけを入れ替えられるようになります。研修を足さずに変化へ対応できるため、受講者が感じていた重なりの感覚は薄れていくでしょう。
人事部の側では、各施策がどの層に属し、なぜ今年は変えないのかをひと言で説明できるようになります。部門から上がってきた要望をそのまま新しい研修として受け取る必要がなくなり、どの層のどこを入れ替えるかという話に置き換えられる可能性が広がります。
検査部門の管理職にとっては、部下への関わり方が毎年入れ替わるテーマではなく、数年かけて積み上げる土台になります。指導役を決める議論も、その年だけの話題ではなく、年度をまたいで続く話題になっていくでしょう。
保つ層の到達行動が拠点をまたいで同じ言葉で書かれていれば、拠点ごとに違っていた指導の基準をそろえる話し合いに、そのまま材料として持ち込めます。同じ言葉が並ぶだけで、どこがどう違っているのかが見えるという視点が開けるでしょう。
現場に育成の余力がないという事情も、形を変えられます。見直しの場を年1回の長い会議ではなく四半期15分の確認に置き換えれば、繁忙期でも現場の声を計画に入れられます。施策数が多く人事部自身が位置づけを説明しにくいという事情については、層という共通の言葉ができることで、説明の順番が決まっていきます。
多拠点と繁忙期を前提にした管理職育成の手段
数年かけて保つ層を積み上げる運営には、同じ到達行動を繰り返し練習できる場が要ります。繁忙期に拠点を離れられない検査と健診の事情の下で、その場をどこに置けるでしょうか。
集合研修には、同じ場で議論できる強みがあります。ただ、健診の繁忙期と多拠点の勤務シフトが重なると日程がそろわず、受講機会に差が出ます。eラーニングは受講の記録が残る一方で、到達行動が現場で増えたかどうかまでは見えず、保つ層の積み上げを確かめる材料にはなりにくいところがあります。
当社が提供するAIビジネストレーニング「ミチビカ」は、AIとの対話でケースを読み、自分の考えを述べ、対話を練習し、その場で振り返りを受ける形で進む研修サービスです。管理職が部下に期待を伝える場面や、指導役の決め方を相談する場面を、学ぶ内容のまとまり(モジュール)単位で何度でも練習できます。1回で仕上げる形ではないため、保つ層の到達行動を数年かけて追う運営と噛み合います。繁忙期に拠点を離れられず、多拠点で同じ内容をそろえにくいという事情に対しても、期間内であれば各自の時間で受講できるため、拠点差を残さずに同じ到達行動を配れます。
当社が受講半年後に受講者の上司へ行った追跡アンケートでは、行動が変わったという回答が83%を超えました(当社調べ)。これは受講者本人の自己申告ではなく上司による他者評価で、業種を横断した全体の集計です。保つ層の到達行動が現場で増えたかを確かめる材料として、研修効果測定を満足度や受講記録の先へ進める使い方が考えられます。
一定人数のグループ単位で期間を区切って進める設計のため、受講者をまとめる必要があります。とはいえ1つのまとまりから実施でき、既存の集合研修の後に続く振り返りの場として組み込む形にも対応します。管理職の部下への関わり方を扱うマネジメント研修の標準の内容も用意されていて、保つ層として数年かけて積み上げる土台を先に決めたい人事部に向いています。手段を選ぶ前に来るのは、どの施策のどこを保つのかという仕分けです。自社の人材育成体系のどこを保ち、どこを入れ替えるかを一緒に整理するところから始められますので、管理職育成の到達行動の書き出しと、その先の研修設計についてのご相談や資料請求をお気軽にお寄せください。
次の年度計画をつくる前に決めておきたいこと
手段をどう選ぶかは、仕分けが済んだ後の話になります。年度計画に入る前に決めておきたいのは、もっと手前の1点です。
この記事で効いたのは、研修を残すか終わらせるかを考える前に、その中身を長く保つ部分と毎年変える部分に分けて読むという1点でした。手元に残るのは、主要な人材育成の施策を到達行動の言葉で書き直した1枚と、四半期に一度15分だけ現場の管理職と交わす確認の予定です。計画づくりの時期は、ただでさえ気の張る時期です。持ち出すものが2つに絞れているだけでも、会議の入り方は変わります。
人材開発の担当課長は、翌年度の計画を一覧の更新から始めませんでした。検査結果の精度を保つための管理の教育は、自動化後の運用に合わせて変える部分だけを差し替え、管理職向けの到達行動は昨年と同じ言葉のまま残しました。一覧の行数は前年とほとんど変わっていませんが、どの行のどこを触ったかは説明できます。
検査部門の管理職のほうにも変化がありました。繁忙期の朝、新人に検査の手順を渡すとき、何をどこまで確認して誰に相談するかという基準を自分の言葉で言い切ります。その場でひとつやらせてみて、質問を受ける時間を1分だけ取ります。自分の検査業務を抱えている状況は変わりませんが、渡し方の土台は毎年入れ替わるテーマではなくなりました。
次の会議までに、いちばん大きい施策をひとつだけ選んで到達行動を書き出してみてください。書き出した数行があるだけで、その先の判断は驚くほど軽くなります。ぜひこの記事でご紹介した仕分けの手順を、人材育成の現場でご活用いただければ幸いです。
参考にした調査・資料
- (*1) 厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」
- (*2) ATD “Make Sense Out of Evaluation Data”
- (*3) Salas et al. “The Science of Training and Development in Organizations”
監修:株式会社アーテリジェンス
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