情報通信業のセキュリティ研修で受講率と満足度の先に何を見るか

# 情報通信業のセキュリティ研修で受講率と満足度の先に何を見るか
最終更新日:2026年9月6日
情報通信業では、顧客のシステムと情報を預かることが事業の前提になっています。だからこそ、情報管理に関する教育は毎年欠かさず全社で実施され、受講状況も理解度も丁寧に記録されてきました。人的資本の開示が広がるなかで、人事部にはその教育に何の効果があったのかを説明する役割も加わっています。全社の情報セキュリティ研修を毎年運営し、次年度の設計と予算配分まで任されている立場であれば、この「説明する」という部分に手応えのなさを覚えたことがあるかもしれません。
受講率も理解度テストの点数も高い水準で揃っている。それなのに、現場からは情報の取り扱いに関するひやりとした出来事が上がってくる。数字と実態が結びつかないまま、次年度の計画を立てる時期がやってきます。報告に使える数字は毎年増えているのに、その数字を見ても、来年どこに手を厚くすればよいのかは出てきません。それでは、情報セキュリティ研修の数字が何を映しているのかについて、現場で起きていることと次年度の判断という観点から、順にたどっていきましょう。
この記事の要点
- 情報通信業の情報セキュリティ研修では、受講率と満足度が揃うほど、かえって次に何をすべきかが見えにくくなる。
- その原因は数字の不足ではなく、その数字が何を確かめるために取られたのかが決まっていないことにある。
- 一つの数字で成果を証明しようとする見方から、複数の情報を組み合わせて組織の状態を読む見方へ広げる道筋を示す。
受講率98%の報告書が次年度の判断につながらない
高い数字が並んだ報告書と、現場から上がってくる出来事は、同じ会社のなかで別々の場所に置かれています。この食い違いは、どこで生まれているのでしょうか。年度末の報告の場面と、同じ時期に現場で起きていることを、順に並べてみます。
従業員3,000人規模で、システムの開発や運用を請け負うSIerを想定してみます。人材育成を担う課長は、年度末に情報システム部門と共同で、全社の情報セキュリティ・コンプライアンス研修の実績を経営会議向けにまとめる立場にあります。受講率は98%、理解度テストの平均点も満足度も前年を上回りました。数字の並びとしては、文句のつけようがありません。
客先常駐の現場で起きていること
例えば、その同じ年度に、現場からはこんな報告が上がってきます。情報通信業では、エンジニアが自社ではなく顧客の事業所に席を置いて働く形が広く見られ、日々の指示や締切の感覚は顧客側の状況に強く左右されます。研修の日程調整や、受講後にどう動いたかを確かめることが難しくなるのは、このためです。顧客先に常駐して働くエンジニアが、顧客から急ぎと言われて仕様書を私用のクラウドサービス経由で受け渡した件や、不審なメールに気づきながら、案件の締切が重なる時期で報告を後回しにした件が、人事のもとまで届きます。
2つの件に共通しているのは、規程を知らなかったから起きたのではないという点です。顧客の要請や締切と規程が同時に目の前にあり、どちらを取るかで動きが止まっています。この記事では、こうした場面を判断が揺れる場面と呼ぶことにします。
こうした報告を受け取っても、人事の手元にある資料の形は変わりません。すべての研修でとりあえず満足度を取得し、受講人数と平均点を中心に報告資料を組み立てる。この形なら誰に見せても意味が通りますし、前年との比較も一目で示せます。準備に割ける時間が限られているなかでは、最も確実な選択になります。
一方で、私用クラウド経由の受け渡しも、報告が後回しになった不審メールも、資料のどの数字にも現れません。現場で起きた出来事と、人事が持っている数字が、別々の場所に置かれたままになります。次年度の重点を決める会話に現場の出来事が入ってこないのは、資料の側にそれを置く欄がないからです。
数字が増えても読み取れないのはなぜか
では、数字が足りないのでしょうか。研修ごとの実績は毎年積み上がっていますし、集計にかかる手間も年々増えています。それでも読み取れないのは、集めた数字の並び方の側に理由があります。研修ごとに設問も評価尺度も満点の基準も異なるまま運用されているため、並べても高いか低いか以上の意味を取り出せません。
つまり、人手や時間が足りないのではなく、それぞれの数字がどの判断に使うために取られたのかが決められていない。ここが、この状態を続けさせている元にあるのかもしれません。
同じような状態は、他社でも起きているようです。研修の効果検証について尋ねた調査では、満足度を確認している企業が61.6%にのぼるという結果が出ています (*1)。
同じ調査では、研修内容をどれだけ理解できたかを確認している企業も53.9%と、半数を超えていました。測っていないのではなく、測ったものの解釈が浅くなりやすい。そこに、次の一手が出てこない理由があるのかもしれません。
数字を成果の証明ではなく組織を映す1枚の写真として読む
どの判断のために取った数字なのかが決まらないまま、項目だけが積み上がっている状態でした。この行き詰まりをほどくには、集める項目を増やすより、手元にある数字の読み方を変えてみるほうが早いかもしれません。
そこで、研修から得られる数字を成果の証明ではなく、組織を映す1枚の写真として読んでみると、どうでしょうか。1枚の写真はある角度から撮られたものですから、そこに写っているものと、写っていないものが必ずあります。理解度テストは、規程を知っているかという角度から撮った写真です。満足度は、受講した時間をどう受け止めたかという角度から撮った写真です。どちらも正しく写っていますが、写っている範囲は限られています。角度の違う写真を何枚か並べて、はじめて組織がいまどんな状態にあるのかが立体的に見えてくる、という見方もできます。
この見方に立つと、理解度テストの平均点が高いことは、情報の持ち出しに関する規程を知っていることを示しているのであって、顧客に急かされた場面でその規程を選び取れることまでは映していない、と読み分けられます。先ほどの顧客先での仕様書の受け渡しは、知識の写真には写らない角度で起きた出来事だったことになります。
情報通信業では、規程を知らずに違反する例より、案件の締切や顧客の要請と規程が衝突したときに判断が揺れる例のほうが多く見られます。数字を成果の証明として扱っているあいだ、この衝突の場面は測りようがありません。角度の違う写真として扱えば、その場面を映す写真をもう1枚撮ろう、という発想が出てきます。いま取っている数字を捨てる話ではなく、足りない角度を1枚足す話だと考えてみるとどうでしょう。
反応、学習、行動、結果の4段階で研修を評価するカークパトリックの枠組みも、段階ごとに見ている対象が違うという点で、この写真の考え方と重なる部分があるとされます (*3)。1959年に提唱された、研修の評価を段階に分けて考える古典的な整理です。
撮る角度を決めてから測る、3つの手順
足りない角度を1枚足すには、撮る前に角度を決めておく必要があります。ここからは、次年度の設計に取りかかる前にできる3つの手順を、顧客先常駐と締切の重なる時期という制約のもとでも回る形にして見ていきます。
数字を取る前に1行で目的を書く
まず、研修ごとに、集める数字の横に「この数字はどの判断に使うか」を1行で書き添えます。次年度の重点部門を決めるための数字なのか、内容の難易度を調整するための数字なのか。書けない項目が出てきたら、それはいったん外してかまいません。
この1行があるだけで、研修ごとに設問がばらばらであること自体は問題でなくなります。目的が違う写真は、そもそも同じ尺度で比べるものではないからです。比べるべきものと比べなくてよいものが分かれるだけで、資料の見え方は変わってきます。
もうひとつは、規程の知識を確かめる問いと、判断が揺れる場面での選択を確かめる問いを、分けて用意することです。後者は、「客先で顧客から急ぎと言われ、通常の手順では間に合わないとき、あなたは何をどの順番で行うか」といった形にします。実際に起きた出来事に近い状況を置き、選択肢から選ぶのではなく、自分の言葉で答えてもらいます。
この問いで見たいのは、正解にたどり着けたかどうかではありません。どの部門で、どんな迷い方が現れるかが分かることに意味があります。同じ問いでも、顧客先に常駐する人が多い部門と、自社内で開発を進める部門とでは、答えの詰まり方が違って出てきます。答えの内容を採点するより、迷いの分布を眺めるほうが、次年度の設計には効いてきます。
現場にすでにある情報を写真の1枚に加える
3つ目に、現場から上がっている、情報の取り扱いでひやりとした出来事の報告の件数と種類、そして上司が部下との1対1の面談で拾った気づきを、研修の数字と同じ資料に並べて置きます。新しく集めにいく作業ではなく、すでに別々の場所にある情報を1枚に並べるだけです。顧客先常駐が多く、現場を離れてもらうコストが高い環境でも、この形なら回ります。並べた瞬間に、どの写真が欠けているかが見えてきます。
現場の観察に多くを求めない設計にしておくのには、理由があります。人材育成に問題があるとする事業所は79.9%にのぼり、その理由の上位には、指導する人材が足りないことと、指導に充てる時間が足りないことが挙がっていると報告されています (*2)。上司に新しい観察シートを配って記録を増やす形にすると、多くの現場では続きません。すでに書かれている報告を並べ替えるところから始めるほうが、現実に回ります。
予算配分の会話が前年踏襲から変わりはじめる
すでにある情報を1枚に並べる形を1年続けると、資料の見え方だけでなく、経営会議での会話も変わってきます。
判断が揺れる場面の問いを部門ごとに集めると、偏りが見えてきます。たとえば、顧客先に常駐する比率が高い部門でだけ、顧客の要請と手順が衝突したときの迷いが集中して現れる、といった形です。そうなると、経営会議で「受講率98%でした」と報告する代わりに、「この部門のこの場面に手を厚くしたい」と話せるようになります。
満足度と受講人数を全研修で揃えて取っていたときには、どこに手を厚くすべきかが数字から出てきませんでした。だから前年踏襲以外の決め方がなかった、とも読めます。数字が増えても決め方が変わらなかったのは、決めるために取った数字が1つもなかったから、という見方もできます。
判断の場面が部門ごとに把握できるようになると、その先の段階も見えてきます。プロジェクトマネジャーと専門エンジニアでは揺れる場面が違いますから、同じ研修を対象別に組み替えるところへ進める、という可能性が広がります。
研修ごとに設問も尺度も違うという事情は、目的の1行を添えることで、比べるべきものと比べなくてよいものが分かれ、問題でなくなります。現場のひやりとした出来事の報告が人事の資料に載らないという事情も、すでにある情報を並べる形にすれば解消されます。どちらも、新しい仕組みを入れる前に片づけられる部分です。
判断が揺れる場面を、何度でも試せる場をつくる
対象別に組み替えるところまで来ると、その場面を実際に試せる場が要ります。顧客から急かされたときにどう動くかは、聞いて分かることと、やってみて分かることが違うからです。では、その練習の場を、いまある手段でどこまでつくれるでしょうか。
集合研修は、参加者どうしで判断の理由を出し合える点で有効です。ただ、顧客先常駐と締切の重なる時期が常態の環境では、全員の日程を揃えにくくなります。eラーニングは受講ログと選択式の正答率までは残るものの、判断の場面で自分の言葉をどう組み立てたかは残りません。日々の仕事のなかで先輩が教える形は、上司の時間と力量に左右されるため、部門ごとの偏りがそのまま学びの差になりやすいところです。
AIとの対話で実務スキルを鍛えるAIビジネストレーニングのミチビカでは、顧客から急ぎと言われて通常の手順では間に合わない場面をケースストーリーとして読み、自分ならどう動くかをAIに向かって話し、その場で助言を受ける形をとります。人を相手にすると再現しにくい、顧客に強く要請される場面も繰り返し試せます。どんな迷い方が現れるかについては、この対話の記録がそのまま情報として残るため、別途調査を立てずに把握できます。
当社の追跡調査では、受講半年後に受講者の上司へ行ったアンケートで、行動が変わったとの回答が83%を超えていました。受講者本人の自己申告ではなく上司による他者評価で、情報通信業以外の業種を含む全体の集計です。判断の場面を扱う研修においても、現場での変化を測る写真の1枚として使える可能性があります。
実際の運用に落とすとなると、確かめておきたい点も出てきます。AIとの対話は雑音の少ない環境が必要になるため、顧客先に常駐している人には自宅や個室ブースからの受講を前提に設計できます。既存の社内研修資料や情報管理の規程を取り込んだカスタマイズにも対応できます。全社員向けの定額版コンプライアンス研修には情報管理や公益通報を扱うモジュールがあり、受講率は高いのに次年度の重点を決められないという状態の人事部が、まず検討しやすい形になっています。自社の情報セキュリティ研修について、いま取っている数字が何を映しているのかを一緒に整理するところからご相談いただけますし、判断が揺れる場面を扱うモジュールの例と、既存資料を取り込んだカスタマイズの進め方もあわせてご案内します。
明日、研修の数字の横に1行を書き足すところから
数字の読み方から練習の場まで、一気にたどってきました。毎年の研修を止めずに運営してきた蓄積があるからこそ、次の一手を探せる段階に立てているとも言えます。
効いたのは1点だけです。数字を成果の証明として読むのをやめ、それぞれが組織のどの角度を映しているかを見る。この読み替えから、外してよい項目と、足すべき問いが分かれました。手元に残るのは、研修ごとに書き添える「この数字はどの判断に使うか」という1行と、部門ごとに集まった、判断が揺れる場面のリストです。
先ほどの人材育成担当の課長も、次年度の設問を作る前に、既存の項目を並べて目的の1行を書き添えました。書けなかった3項目は外しています。代わりに、顧客から急ぎと言われた場面での動き方を自分の言葉で答える問いを加え、情報システム部門が持つ、ひやりとした出来事の報告の集計を同じ資料に並べました。経営会議では、受講率を伝える前に、顧客先に常駐する比率が高い部門で、手順と顧客の要請が衝突する場面の迷いが集中していることを報告しています。予算の話は、そこから始まりました。
まずは手元の研修一覧を開いて、いちばん説明しにくいと感じている数字の横に、それを何のために取っているのかを1行書いてみるところから始められます。1行書けない数字が見つかったなら、それは設計が動き出す合図です。ぜひこの記事でご紹介した進め方は、人材育成の現場でご活用いただければ幸いです。自社のスタイルに合った研修やトレーニングをお探しの場合は、いつでもご相談ください。
参考にした調査・資料
- (*1) リクルートマネジメントソリューションズ『研修効果検証に関する実態調査』
- (*2) 厚生労働省『令和6年度 能力開発基本調査』
- (*3) Kirkpatrick Partners『The Kirkpatrick Model』
監修:株式会社アーテリジェンス
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